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【甲子園】東海大相模 故・原貢 元監督に捧げる深紅の優勝旗


東海大相模が45年ぶり優勝に全国の頂点に立った。

試合詳細

東海相模 202 200 004 = 10
仙台育英 003 003 000 = 6

(相)小笠原―長倉
(仙)佐藤世―郡司

本塁打 小笠原1号

決勝戦も激戦だった。東海大相模は序盤に4得点を挙げゲームの主導権を握る事に成功。
3回裏に1点差に詰め寄られるも、4回には仙台育英 佐藤を再び捉え6-2とする。これで、試合を決定づけたかに思われたが、6回裏に同点。しかし、9回表に、東海大相模のエース小笠原が今大会初ホームランを放つと後続の打者も続き、ゲームを決めた。

全国制覇までの軌跡

「やっと全国の頂点に上り詰めた」これが正直な感想だろう。東海大相模と言えば、高校野球ファンなら一度は耳にした事のあるチーム。しかし、優勝旗を持ち帰ったのは45年も前の話で、東海大相模にとって優勝は近いようで遠い存在となっていた。

1勝の重みを知る相模の両エース

2014年夏の甲子園。東海大相模は例年通り優勝候補に挙げられていた。しかし、事件は起こった。1回戦の盛岡大付属戦でまさかの敗戦。今大会エースとして君臨した小笠原・吉田ともに登板したが勝利を呼び込む事はできなかった。

1球の重みを知る相模の両エース

2014年秋季大会決勝。2015年 春の選抜出場をかけた1戦で事件は再び起こった。
今大会注目の右腕 吉田が延長12回の末サヨナラ打を浴び、まさかの敗戦。

「低めに投げていれば三振が取れた。最後に力んで浮いてしまった」
(敗戦後の吉田のコメント)

監督が監督へ託した夢

仙台育英戦を終えた直後のインタビューで「今年は特別な夏だった。個人的な思いがあった。」と門馬監督は言った。

門馬監督が東海大硬式野球部でマネージャー、コーチをしていた時にチームを率いていた原貢監督が、今年の5月29日に病気で息をひきとっていた。

門馬監督にとっては「野球の師」であると共に「心の師」でもあった故・原貢監督。
7月14日に行われたお別れの会では、遺影を前に「今年の夏、私は、そして東海大相模は、おやじさんの魂と一緒に戦っていきます。タテジマのプライドを胸に」と誓っていたそうだ。

「ぼくの原点は、原のおやじさん。『攻撃は最大の防御なり』『攻めて攻めて攻めまくれ』『動かないで失敗するより、動いて失敗しろ』」

と、門馬監督の心の中にはたくさんの言葉が生きている。

故・原貢監督からの最後の贈り物

印象的な言葉がある。今大会、準々決勝 花咲徳栄戦の試合後に門馬監督が言った一言。

「笹谷君(花咲徳栄の8番打者)に嫌な感じがあった。『ここしかない』と。ためらっていたら勝負したと思います。でもためらわなかったので」。

もしかすると、故・原貢監督が門馬監督に伝えたのかもしれない。

『ここしかない』と。

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